「痛みの閾値」を上げる

痛みに強い人、痛みに弱い人、という話をしたり聞いたりしたことがあると思います。その差はなんなのでしょうか。その鍵をにぎるのは「閾値(いきち)」というものです。

 閾値というのは、ある刺激を感じるか感じないかの境界線のことです。ここまでの刺激は痛くない、これ以上の刺激は痛い。その境界線が閾値です。

 閾値を超えると「イタタ!」となり、閾値に至らなければケロッとしています。その閾値は絶対的に定まったものではありません。人によって異なりますし、同じ人の中でも動くものです。筋肉が緊張していたり、関節にストレスが強くかかっていたとしても、閾値のほうがその刺激よりも高ければ痛みを感じないですし、閾値を超えていれば「イタイ!」と感じます。

 閾値は炎症があると下がります。火傷をしたり、擦りむいたり、料理で手を切ったりしたとき、炎症が起こります。このとき、傷の痛みは感じて当然ですが、普段は感じないような刺激を痛いと感じた記憶はありませんか。例えば、シャワーを浴びたとき、普段なら温かくて気持ちがいいはずなのに、ヒリヒリして痛いと感じたことはないでしょうか。炎症により閾値が下がったことで、本来は気持ちがいいはずの刺激でも閾値を超えてしまい、痛みとして感じてしまっているからです。

 また慢性的に痛みを抱えている場合も閾値は下がります。ケガなどをした直後の強い炎症は治まっていますが、慢性化している人は弱い炎症が続いています。そのため、先ほどと同様に少しの刺激でも痛みを感じてしまいます。冷房の冷たい風に当たると痛くなったり、天気が悪くなると疼いたり、軽く指で押しただけでも痛かったりします。

 血流が悪くなっても閾値は下がります。例えば正座をしていて足がしびれたとき、触っただけでも飛び上がってしまいます。冬の寒い時期に手足が冷たくなっているときに、お風呂に浸かると痛いと感じます。しばらくして身体が温まり、血流が良くなってくるとその痛みはもう感じません。

 また、筋肉や関節を動かさないでじっとしていると閾値は下がります。例えば同じ姿勢で長い時間いたあとでは、動きはじめに「イタタタッ」となります。寝ていて起きたときの痛み、しばらく座っていて立ち上がるときの痛みなどがこれです。

 閾値は薬で上げることができます。痛み止め薬がこれです。痛み止め薬を飲むと痛みが落ち着きます。これは薬によって痛みの閾値を上げているからです。しかし痛みを感じにくくしているだけで根本が治ったわけではありませんので、薬の効果が切れてくるとまた痛くなります。

 気持ちでも、閾値は上がったり、下がったりします。心配事があって暗い気持ち、ネガティブな気持ちでいると閾値は下がり、痛みを感じやすくなります。これから痛いことをされるとわかっていたら、より痛く感じるものです。反対に、気分が高揚したり、楽しくウキウキしているときには閾値が上がります。痛みを忘れているときが、それは閾値が上がっているときです。どんなときに忘れているかを振り返ってみると、面白いことがあって引き込まれていたときとか、遊びで楽しい気分になっているときとか、好きな人と話に夢中になっているときとか、とにかくいいことがあったときでしょう。

 閾値を上げるキーワードは、「ポジティブ」です。そのとき、脳内で麻薬物質が出て、閾値を上げているのです。また、運動には疼痛抑制効果があります。運動をすると痛みが軽減するというものです。これに関して、運動の強度だけでなく、活動量に依存しているという報告があります。つまり、激しい運動の方が疼痛抑制効果は高いですが、激しくない運動でも時間をかければ効果があがるということです。走ったり、ハードな筋トレをしなくても、ストレッチとウォーキングでいいのです。早歩きも織り交ぜながら、活動量を維持することで、痛みに悩まされない暮らしが送れるのです。

 ウォーキングなどの有酸素運動をすると、βエンドルフィンとか、ドーパミン、アドレナリンといったよいホルモンが出て、閾値を上げます。痛みのある人が、「最初は痛いけど、しばらく動いていると痛みがなくなるんです」とよくいわれるのは、それが理由です。